S55年卒の部室
1 当時の状況等について

全国で見れば当時のトップクラスは帝京高校、浦和、清水あたりだったと思います。

当時の済々黌高校のサッカー部は、私が1年生のときですが中山キャプテンを中心
としたうまい先輩方のそろったチームでした。
そして、吉尾監督、清原コーチ、前田部長(本校先生)の献身的な指導を受け、私達
1年生も育っていきました。

2年生キャプテンは内田さん、3年生キャプテンは北野君で、チームを引っ張って頂き
ました。チームは、小ぶりながらも上下や横のコミュニケーションの良くとれた、レベルの高
いまとまりのいいチームでした。当時の県内には突出したチームはなく、戦国時代的な
様相を呈しており、済々黌も県大会優勝を狙える位置にいました、というか、絶対優勝
可能と思っていました。残念ながら県大会3位に終わりましたが…。

マネージャーは、3年間の間かわられましたが、練習を見守り、試合では、
いろいろお世話をして頂きました。(以上、川口理一郎)

2 戦績等について

高校総体:県大会3位
全国高校選手権:県大会ベスト4

全国高校総体熊本県予選で優勝。岡山に行かせて頂きました。(一年生時)

3 回想記、その他

  吉尾監督・・・早稲田時代、釜本とプレーをされていたことを聞き、感動しました。
          みんなを集めて、戦略の指示があるかと思ったら「走れ」の一言。
          しかし、いらっしゃるだけで気合が入りやる気が出てきました。

  清原コーチ・・主にキーパーのコーチとして私が1番お世話になった方です。基本を
          わかりやすく、できるまで教えてくださいました。プールでも練習したこと
          もあります。私が人並み以上のプレーができたのもコーチのおかげで
          す。2年生からは心身ともに疲れてしまい、大変申しわけなかったと
          思っています。

  前田先生・・・練習試合のときは、いつも審判をしていただいたと思います。予算の
          方もされていたと思います。第二高校での練習試合、相手チームが反
          則をしたとき、反則した人にげんこつをくらわされたのにまず驚き、相手
          チームには悪かったと思いつつ、先生の優しさを感じました。

  歴代キャプテン・・練習や試合の一番苦しいとき、みんなに声をかけ、一番に走り出さ
           れました。キャプテンはさぞ重かったろうと思います。

  合宿について・・・5日間でしたが、とてもハードな内容でしたがなんとか乗り越えられ
  ました。筋肉の痛みで、トイレにしゃがめなかったのは、初めてでした。阿蘇の内牧の
  旅館が1年目、2年目は子飼のお寺だったと思います。

                                             (以上川口理一郎)

済々黌生活3年間を通して、サッカーに打ち込めたことを、誇りに思っています。
よき先輩や同僚、後輩に巡り会えて、本当に充実していました。(北野二郎)


すばらしい監督、コーチ、先生、先輩、同期の仲間に出会え、今思えば、ありがたいし
感謝の気持ちでいっぱいです。私は、幸せものです。後輩の皆さんには、何の恩返し
もできませんがいつも新聞を見て、勝ったら喜び、負けたら残念に思い、応援してます。(川口理一郎)