S53卒の部室


 

「インター・ハイ初出場への軌跡」 53年度卒)

 

1年生時代: 体験入部初日>

体験入部初日、中学では野球部だった俺(田尻)が体験入部でグランドに行って見ると、白シャツ白パンの2人がグランド端で黙々とリフティングをしていた。いかにも自信ありげな様子を見て「こいつらは何や?」と思った。数日後、他の奴に聞いたところ全国中体連に出場した八代出身の白石と古木であった。「同期生はレベルの高か奴ばっかりだろか?」とも思ったが、やはり未経験者のコオロギ(興梠)という人の良さそうな奴も混じっていたので「まぁどぎゃんかなろたい」という軽い気持ちで取りあえず入部した。 

 

1年生時代: 1対1>

最上級生の3年生の吉田さん、小森さん、岩永さんなどの先輩はかなり長身で、高校生になったばかりの俺達1年生には相当に大きく見えた。この頃には時々1年生も上級生と11の練習の機会があったのだが、何と1年坊主の中山が憧れのエースストライカー吉田さんとの1対1の練習でハッスルしすぎて何度か悪質な蹴りを連発、温厚な吉田さんを持ってして「何ばすっか、こやつは!」と怒りを買う。しばしばハッスルプレーが裏目に出てひんしゅくを買った中山ではあるが、こいつが2年後に主将としてDF陣を統率する事になる・・・。

 

1年生時代: 山登り>

練習終了後の山登りは言うまでもなく誰もが嫌がる「嫌な練習メニュー」のベスト3に間違いなかったが、黙々と涼しい顔で登りきる1人の男がいた。それは阿蘇の小国からやってきた伊藤だった。サッカー未経験者ではあったが豊富なスタミナと色黒い風貌から、その後「さる」の愛称で呼ばれながら真面目に練習に取り組む奴だった。

 

1年生時代: 憩いのパン屋>

キツイ練習を終えて家に帰る途中でしばしば腹ごしらえに寄るのが、子飼橋バス停へ向う途中のパン屋であった。しょっちゅう寄るので店のオバさんが時々余りの食い物をタダでくれた。そこで1日の練習を終えた安堵感に包まれてコーラやパンを飲み食いしながらくっちゃべって、練習後のストレス発散とかした。もちろん卒業まで九女の女との店での出会いはなかった。(そもそも、パン屋で立ち食いする可愛い女というのがいなかったが・・・)

 

●「吉尾監督」

その頃は普通に敬意を込めて「吉尾さん」の愛称で皆呼んでいた。平日の練習には忙しいお仕事の合間に無理やり抜け出して指導に来て頂いていたようで、時々「ペプシコーラ」の仕事着で到着され、それから着替えて指導いただいた事も度々あった。

吉尾さんは常に厳しく、いわゆる「苦虫を噛み潰したような」表情で余計な無駄口もなく密度の濃い指導をされた。もちろん時々は笑顔があったのだが、その時の表情もやはり「苦虫を噛み潰したような」笑い顔だった気がする。だから、あの頃の俺達にはその数少ない笑い顔もどこか無気味な緊張感があった。だから吉尾さんが指導にやってくる日はいつものように手抜きができなかったのは言うまでもない。

 

2年生時代: 道脇主将>

カリスマ性に溢れた3年生の先輩達が卒業した後の新チームは、新キャプテン道脇さんが責任感に満ち満ちてスタートした。ただでさえ実直な道脇さんの事、キャプテンの重責を一身に背負い練習は過酷を極めた。特にフィジカルに絶対的な自信のある道脇さんの練習メニューは筋トレ系に重点がおかれ、腹筋、腕立て、などの筋トレメニューが練習後も延々と続いた!

そう言えば、怠慢な俺(田尻)が練習メニュー最後のインターバル走で最後をダラ〜っと手抜きして流したりすると、眼光鋭い道脇さんがそれを見逃すわけもなく「田尻っー!また、ぬしゃ最後ば手抜きして走っとったな〜〜!」と、すかさず怒声を浴びるのくり返しで道脇さんには大いに迷惑かけた。

 

●「前田先生」

前田部長は、グランド横のちょっと小高い土手からたいがい遠巻きに練習を観察されていた。あまり細かく口出しされる事はなかったが、広島県工とのインターハイ初戦敗退後のコメント「今日の興梠のプレーには感動した」が記憶に残る。興梠は同級生の中でも特に練習熱心な男だったが、サブ出場が多く出場機会にそう恵まれなかったが、全く腐らず、そのうえ陰からチームを支えるナイスガイだった。そんな男を最後の桧舞台でちゃんと見ていてくれたのだ。

★番外編★ 2年生の頃のある日、俺(田尻)が午前中で学校をフケて、午後から上熊本方面のパチンコ屋でハマっていると同じ台の並びの奥の方で前田先生と鉢合せした!すかさず「何ばしよるとか〜!すぐ帰らんかー!」と怒られた事があった。・・・が、すぐには帰らず隠れて続けた。で、先生も・・・離れた場所で続けられたようだった。 ちなみにこの件は、見逃して頂き謹慎にはならなかった・・・。う〜ん、師弟愛の美しさが出た場面だった。                  

 

2年生時代: 同期生との別れ>

先輩達中心のチームも選手権予選の惜敗を終えて、いよいよ俺達が新チームの最上級生となる頃、突然エースストライカー白石が受験勉強に専念するという理由で退部をする事になった。癒し系キャラ高浜、野人系伊藤、に続くエースの退部にチーム内には動揺が走った。そしてチームは新人戦では大した成績を挙げる事もなく3年生の春を迎える事になった。

 

3年生時代: 新生チーム誕生>

新生チームは、新主将DF中山、副主将には(普段は温厚なくせに試合中に良く相手選手と小競り合いを起こす)DF西坂を決定した。その他のメンバーはDF陣が小浦(練習中にコンタクトをグランドに落として泣きかぶっていた)、興梠、2年生の合屋、内田、MFが大村、古木、西岡、FWが田尻、2年生の乙丸、前田、1年生の北野、そして1年生GK川口、を中心とした新陣容でインターハイ予選を目指し猛練習に励む事になった。

 

●「清原さん」

清原さんはいつも目をつりあげ、大きな声を上げて激しい指導でGKを鍛えていただいた。その猛練習に耐え抜いた1年生GK川口は入部後わずか3ヶ月ほどの短期間で急成長した。そしてインターハイ出場への最終関門となる準決勝、決勝戦それぞれのPK戦でファインセーブを連発しチームのインターハイ出場へ大きな貢献をしてくれた。

清原さんが指導された日は「Look Around !」「Look Before !」の叫び声がグランドに響いた。

 

■インターハイ予選 スタート■

〜戦前予想〜

県大会予選前の下馬評では断トツというほどの強さのチームを特に耳にした記憶はなかったが、前年度選手権代表チーム八代工、常連の強豪チーム熊工、あとは九州学院、マリストなどが上位と予想されたのだろうか?そもそも俺達は、予選が始まるまでは優勝はおろかTop4などといった具体的な目標に向かって自信を持って予選に挑んだという記憶はない。勿論、勝つために厳しい練習を乗り越えたハズだが、自分達の力をその時点では計りかねていたのだと思う。

 

〜ついに初戦〜

試合開始前から強い雨が降り続けグランドはすでに不良。先に退部してしまった白石が初戦相手の小川工が結構手強いらしいとの情報を俺達に吹き込んでいたので、少しは気になっていた。おまけに2年生の乙丸が試合前の着替えの途中にいつもの明るい調子で「試合後にまた笑って戻って来れたらいいですねー」などと無神経に言い出すので何か嫌な予感を持ちつつ、力んでグランドへ出た。明るくていい奴なのだが緊張感が足りない奴なのでどうも集中力に悪影響を及ぼす。試合はグチャグチャのグランドコンディションの中でのプレーだったが危なげなく勝利を収めた。スコアは忘れたが、乙丸の余計な一言で普段にない緊張をしてしまい無我夢中で試合が終わった記憶だけが残っている。結局、決勝を終えるまでこの試合が唯一緊張した試合だった。

 

〜順調に勝ち進む〜

初戦を無難に終え、2回戦玉名工?も順当勝ち。3回戦は御船戦。この試合はお互い点の取り合いとなり打撃戦の様相となった。ハーフタイムにたまらず吉尾監督から檄が飛んだ。「お前達ゃ本当に勝ちたかつかー?試合に出とる資格がなかぞー。気合ば入れてやらんかー!」

その恫喝に目が覚めたのかどうか忘れたが、かろうじて追加点を入れて逃げ切る。

準々決勝はマリスト?(か九学?)、たしか2年生前田の珍しいファインゴールで接戦をかろうじて制した。例えまぐれシュートだろうといい時に決めてくれて感謝。練習でも試合でもチャンスボールのシュートをはずす度に腰に手を当て下を向くのが癖だった前田が、でかした!

試合後引き上げて行く途中、吉尾さんと対戦した相手チーム監督との試合後談話が小耳に入ってしまう。「まぁ、どっちが勝っとっても次の準決勝止まりでしょーな〜」だと。

しかし、そんな会話を聞いても正直ガッカリしなかった。準々決勝戦を勝ち上がっても、まだ優勝というゴールが目の前に意識できなかったからである。もちろん吉尾さんの真意は、談話とは裏腹に優勝の可能性への期待を捨てているハズはなかっただろう。

 

〜準決勝 「ワンチャンスを守り抜く」〜

準決勝戦は熊工。先輩達も倒せなかった強豪との対戦。しかし、ここまで来て強豪も苦手もない。無心のまま、kick off 。しかし試合はやって見ないと分からないものだ。試合開始早々まだ前半10分足らずの時間に好位置でフリーキックを得ると、大村のピンポイントクロスをゴール前で古木がジャンピングヘッドで折り返す、マークを巧みにはずしたフリーの田尻がGK足元のゴールラインへ強烈なヘディングシュートをワンバウンドで叩きつける。GK全く動けず。しばらくの静寂後に歓喜の雄たけびで済々イレブンが飛び跳ねる。予想しなかった先制点で済々黌が主導権を握るが歓喜も束の間だった。その後、同点ゴールを奪われると終了時間まで激しい攻撃を受け続ける。DF陣の必死の踏ん張りでPK戦に持ち込むと1年生GK川口が大奮闘。戦前の予想を裏切りPK勝ちを収める。疲れてベンチへ戻ると一段落した頃に、またも乙丸が言った「これで取りあえず九州大会には出場出来ますね!」と。何やそら?試合後になって初めて知ったのだが、準決勝戦を勝ち上がれば、つまり決勝で敗れて準優勝だったとしても九州大会出場確定だったのである。そんな事も知らずに多くの奴は試合に臨んでいた。

 

〜最終関門 決勝「死闘」〜

決勝戦は予想に違わず実力で勝ちあがってきた八代工だった。お互い午前中に準決勝戦をこなした後の過酷な試合であった。我チームはいつも通りに、試合直前にサイドラインから反対サイドラインまでのロングダッシュでウォームアップ。そしていよいよ kick off ! 我チーム不利の戦前予想に反して、またもや準決勝戦に続き先制パンチを浴びせる。しっかり守ったディフェンシブハーフ古木が深い位置から、相手スィーパー裏へロングフィード。相手DFの甘いマークをずらして待ち構えていたFW田尻がこの好機を逃すまいとすかさず走り込むと慌てて前進ダッシュしてクリアーしようとするGKの鼻っ面でスライディングシュート。するとボールはゴール右下へ吸い込まれた。不利な予想を覆す理想的な展開だ。済々イレブンが歓喜と共に駆け寄る。この1点で調子に乗った済々ペースでしばらく試合が進む。それから間もなく、今度はMF大村のパスを田尻がダイレクトで壁パスすると大村はそのままオーバーラップしてゴールラインまでドリブルで切り込み一気に鋭いグランダーのセンタリングを左足でゴール前へ折り返すと八代工DF陣はパニック状態。相手DFの苦し紛れのクリアーは正面へのミスキックとなり、そこへ待ち構えていたMF西岡が落ち着いてダイレクトシュートで追加点を決める。その瞬間に済々イレブンは勝利を確信したかのような大歓声に包まれた。しかし、自分達でも予想しえなかった展開に戸惑い始めた済々イレブンが徐々に守りに入ると八代工の大反撃が始まった。前半終了間際にまず1点を返される。後半になると試合のペースは我に帰って落ち着きが見え始めた八代工ペース。ついに2点目を奪われ試合は振り出しに戻る。ここからは完全に八代工に押されまくり済々黌は中山、西坂、小浦、合屋、内田などのディフェンス陣の必死の守りで何とか終了の笛まで持ちこたえる。

そして延長戦。後半の流れから見ると、済々黌がこれ以上持ちこたえる事は困難にも思えたのだが何と相手チームの選手が1人、2人と次々と足を攣って倒れていくではないか!さすがの八代工も怒涛の反撃で息が切れたのか。この時、普段の苦しい山登り、地獄の反復インターバルダッシュ、などの3年間の猛練習の積み重ねが運をも引き寄せたのだ。結局、準決勝戦に続きまたもPK戦決着。こうなると無心で勝ち上がってきた済々イレブンは強い。キッカーが順当にゴールを積み重ねると、1年生GK川口が冷静かつ勇敢にファインセーブを決め、ついに済々黌サッカー部史上初のインターハイ出場の栄冠をつかんだ。

 

目の前の試合に全力を尽くすだけ。毎試合ただそれだけの繰り返しだったが、俺達は優勝直後の喜びの中でも、30年近く経った今でも、あの予選をグランドとベンチで共に戦った全員がヒーローであったと、これからも変わる事なくずっと記憶していくだろう。

 

 「九州大会 いざ出陣」 

 

 「九州大会 開会式」