S39年卒の部室

   (文責 :吉 尾 孝 徳)

1 当時の状況等について

 (1) 県内の高校サッカー事情

   県下には、8チームがあり、熊本工業と熊本商業の2校が飛び出ていて、いつも優勝争いをしていた。

(2)      チームの状況

昭和36年4月に同好会として再設立。3〜4年間の廃部状態からからのスタートであり、サッカー経験者は1/3にも満たなく、川田氏、楠本氏両先輩を主に、鶴屋百貨店からの指導を受ける。

グラウンドも、本黌は陸上、ラグビー、ハンドボールで空き地が無く、最初の1年は、徳永庄作先輩(平成15年没)の尽力で、熊本大学を借りた。


2 戦績について 

  準公式戦だったのか確かでないが、松橋高校に勝ってベスト4になった。


3 回想記、その他

  高校3年間の記憶はどこかに飛んでしまった。

  昭和39年、東京オリンピックの時に「日本サッカーの父」と呼ばれているデットマール・クラマー氏(リンク)から教わったことを記す。

   

                              (当時の大学ノートより)